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昭和大学横浜市北部病院 メンタルケアセンター 精神科医 堀内健太郎先生

堀内健太郎先生のご経歴

2010年東海大学を卒業し、昭和大学藤が丘病院で初期臨床研修を開始。
2012年昭和大学精神神経科入局し、2013年より昭和大学横浜市北部病院で勤務している。
臨床、教育、研究に少しずつ携わりつつ、精神保健指定医、精神科専門医、産業医取得に向けて勉強をしている。

先生が専攻を決められたきっかけは何ですか?

元来、小児科医を目指して初期臨床研修に臨んだが、研修中に回った様々な科がそれぞれ面白く、やりがいがあり自分の進路に迷いが生じた。
精神科は、ちょうど臨床研修の真ん中の時期に回り、全く考えていなかった道であったが、選択肢の1つとなった。
偶然なのか違うのかは未だ不明であるが、厳格な雰囲気の中緊張感漂う教授回診が多かった中、この科の回診は医局員同士や患者とのコミュニケーションが活発で、和やかな雰囲気の回診だった。
大学病院と言う高度先進医療機関を必要としている方の大半は高齢者である。しかし、この科は高校生から後期高齢者まで年齢層は広く、男女比も概ね大きな差は無く、比較的実世界の比率に近かった。診れば分かる、場合によっては診なくても見れば分かる事が多い身体科と違い、診ても分からないことが多く、また、外からみた精神科患者以上にその患者数自体が多いことが分かった。そして、その苦しさは外から理解されることは少ない。
そもそも、症例検討会で教授と准教授の診断が割れる科などかなり貴重ではないだろうか。科学自体、客観がほぼ全てであり、医学も例外ではないはずなのだが、この分野に関しては、主観も介入出来る余地が少なからずあると思い、そのことに大きな魅力を感じた。
しかし、散々精神科に関しての研修医視点の思いを巡らせた後に、数多く回った内科にも惹かれ、大学内の内科や中村さんに紹介してもらった市中病院の内科も選択肢となった。内科は医学の基本。学生時代に学んだ知識を隅々まで使って行う臨床は、実に科学的、理論的であったし、手先を使う手技も苦手であったものも多数あったが、人体に2つと同じものはあるはずないので、毎回が新鮮な感覚で行えた。立ち位置上、内科の魅力について延々と語るのもよろしくないので、これ以上は割愛するが、小児科一本で小児科コースに初期臨床で入りながら、2つの科が増え、自分の頭の中で三つ巴の戦いが長く続いた結果、精神科を選ぶこととなった。

これまでのご自身のキャリアを振り返ってみていかがですか?

大学在学中に偶然近くに住んでいた中村さん(*当プロジェクト主宰者)と知り合い、大学での留年、卒業試験、国家試験と大きな壁にぶつかる度に嫌な報告や嬉しい報告をし、研修中も進路の相談にのって頂き現在に至っている。
まだ、医者として孵化したばかりの自分に振り返ることの出来る「キャリア」と呼べるものが果たしてあるのだろうか、と思うものの、キャリアを選択したタイミングに関しては最も時間的な距離は諸先生方よりも圧倒的に近いので多少なりとも医学部受験を考える受験生やその親御さん、医学生、初期研修医の皆様にご参考になればと思い書かせて頂いた。
まだ1つも公的な資格を有さない今が、キャリア選択中最後のタイミングだと思う。どの科でも言えることだときっと思うが、学会にしろ国家にしろ資格が無いともう始まらない時代がきつつある。「精神科に籍を置いている取りあえず多分医者」である、指定医や専門医はほぼ居ない。
しかし、私は、恐らくまだその段階であるが、その段階を脱し、キャリアの形成が始まっている最中である。まさに孵化中である。
どの道を選んでも、大きな道しるべで取捨選択した際は、多かれ少なかれ後悔があるのが普通だと思うし、自分自身、後悔したことは当然多分にある。
要領がよく、危機を察知する能力の持ち主であれば、間違いは限りなく少ないだろう。ただ、患者は基本的に弱者である。
要領が悪く、危機を察知する能力がやや欠落している自分だからこそ招いた様々な経験すら糧になり、臨床医としての肥やしとなっている。
結果は出ていないが、(そもそもいつ結果が出た、と見切りをつけるられるのか?)現段階で、選んだ道に確固たる後悔は無い。

医学生や若手医師に向けてメッセージを

東海大学入学当初、担任の先生に「医者は色々できる」と言う話を聞いた。当然、「万能である」と言う意味で言ったのではない。
このページでこの様なものを読んでいるのだから、恐らく、この先生の発言の意図は大切であるように思う。
普通に生まれ、普通に育ち、普通に死ぬのが大半である。患者として医者に関わった事が何回あるだろう。親族に医師が居ない場合、殆ど今まで医師と関わった事はないのが普通ではないだろうか?つまり、このページを自分の為に読んでいる人の大半は、医師と言う職業が見えていない。そして、同時に、選択に際し慎重であり、用心深くもある。ほんの少しでも興味を持つ分野が有ればそこは大切な選択肢だ。逆に、これなら自分でも出来そうかな、と言う後ろ向きな見解も大切。積極的に選択した人間が消極的に選択した人間を必ず凌駕する道理は無い。選択肢が増え、迷う事は面倒くさく、一見無駄な時間であると思うが、大いに迷って悩んで欲しいと思う。迷いも苦しみも弱者の専売特許。基本的に裕福な家庭で育っている医学生や研修医が「それなりに」現実的な悩みを抱ける数少ないチャンスである。あと、欲張らない事。人間、残念ながら身の丈(向き不向き)がある。結果的にジェネラリストになってしまったジェネラリストは良いが、ジェネラリストに最初からなるために歩き始め、きちんとしたジェネラリストになるには相当ハイレベルな地頭の良さが必要である。つまり、キャリアに悩むレベルの大半の人間(普通の人)には相当な困難を伴う。何故、わざわざ医学部にいくつも科があるのか考えれば自明である。コンピューターが発達して、囲碁すら人間が勝てなくなりつつある人類の想像を超えるスピードで発達している科学ではあるが、細分化されている科が「医科」に統一される頃にはドラえもんがうろうろしているような先の時代であろうと思う。
こういうページで先人の経験や知恵を擬似的になぞる事も、先輩や友人に話を聞く事も大切だが、一番効果的で効率が良いのは足を運ぶことである。
ググって所在地は調べられるが、それ以上のものは無いと思った方が良い。自ら発信する情報にネガティブな情報は殆ど無いし、他人が発信するネガティブな情報はほぼ感情に支配されていることが多いからだ。下手に上っ面の情報にはアクセスし易くなった時代なだけに、効率よく擬似的に様々な病院や医局、会社を俯瞰出来る「様な」気になってしまう点は、誰も責められるものではない。構造的なシステムの問題、患者の医療的な問題、法律の問題、会社としての問題、地域的な問題、全ての問題は現場で起きている。それと同時に、広い意味での環境も行って分かる事は沢山有る。
ハワイの空気の缶詰で、ハワイ旅行を実体験したのと同等の満足度が得られるレベルの想像力が無い限り、やはり赴いた方が良い。

迷える医者の卵と言う前提で書いたが、もっとも多くの人が考えているであろう臨床以外にも基礎や官僚への道も開けている。
臨床の中でやりたいこと、出来そうな事が無ければ、そういう方面に目を向けてみるのも1つの方法である。
いずれにせよ、取り返しのつかない事は実はそうそうない。捨てる勇気を持って、自分でしっかり決めて欲しい。

医師キャリ事務局より

堀内先生は医師キャリ主宰者である中村が医学生の時に知り合いになった先生です。
初めてお会いしたのは10年以上前。そこからは医師対業者というより友人のようなお付き合いをさせていただいています。
今回先生が書かれた文章は単に自分のキャリアを回想しただけではなく、これから医師になる方、今研修真っ只中の若手医師にとても参考になる言葉がちりばめられているような気がします。堀内先生ありがとうございました!

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