医師の皆様に対して、皆様自身が医師として有意義な人生を送っていただくための相談や勉強会、交流会、情報提供などを目的としたコミュニティです。

洛和会音羽病院 総合内科 吉田常恭先生

吉田常恭先生のご経歴

2013年に日本医科大学を卒業。研修医が主体的に診療に当たっていると言われていた武蔵野赤十字病院で初期研修を行う。学生時代の理想とは異なり、週8回の当直と内科2科同時ローテートなど、ハードな研修スケジュールに困惑するも、志を同じくする同期と支えあいながら2年間の研修を乗り越える。多くの内科、外科、専門科をローテートしたが、その頃から一つの専門科に絞るのではなく、患者の幅広い愁訴に対応できる医師になりたいと夢見るようになる。また、超高齢化する社会の中で各専門科の間に取り残されてしまう高齢者の診療に興味を持つ。
2015年より京都洛和会音羽病院総合内科にて後期研修を開始する。現在、入院患者の平均年齢が85歳という超高齢者社会に直面中。高齢者医療はもちろん、臨床推論、教育にも力を注いで(行くつもりで)おり、師匠、先輩、後輩と共に「一日一学び」を実践するよう切磋琢磨している。

先生が専攻を決められたきっかけは何ですか?

もともとスーパードクターで「神の手、福島先生」の特番を見てから脳外科医を目指していた。手先も器用な方であり、福島先生のように手術をバンバンこなす脳外科医に憧れていた。しかし、5年生の冬に友人に誘われて行った臨床医学の勉強会で医師人生における師匠とも言える総合内科医と出会えたことで志望は一変した。その頃は試験三昧で嫌でも医学知識をInputすることの毎日であったが、それが一体どのように臨床で生かされるのか、は良くわかっていなかった。しかし、勉強会で現在も師匠であるその先生は、桁外れの医学知識が実際どのように患者へと還元されているのか、その道筋を示してくれた。衝撃を受けた私は6年生の時に、卒業試験や国家試験の勉強の合間、半年間にわたって先生の働く病院で臨床実習をする機会を頂いた。バイトで外病院に行かれた時にも無理を言って同行させて頂いた。かれこれ半年間、真の総合内科医と共に過ごすことで医学がいかに奥深いか、そして問診や身体所見だけでこれほどまでに診断に迫れること、さらには正しい診断が適切な治療につながり、患者さんの利益となることを身に染みて実感し、総合内科・総合診療への興味がますます沸いて来た。研修医になると、様々な科を回る中で、各科の醍醐味を味わうことはできたが、それでも専門を一つに絞ることで他分野は他人任せになってしまうことに違和感を覚えた。患者さんは自分の症状を的確に把握して「○○科」を訪ねてくることは少なく、目の前にいる人が「医師」であるならば何でも相談したくなるものである。それに対して「それはうちじゃない」の一言で片づけられてしまう患者に多く遭遇したことがさらに後押しとなった。総合診療は突き詰めようと思えば際限なく医学という名の大海原に身一つで飛び出るということであることは重々承知していたが、もっといろいろ知りたい、もっといろいろできるようになりたいという欲求は止まらなかった。
また、学生の頃はあまり感じていなかったが、研修が始まると現代社会が想像以上に高齢化社会(超高齢化社会とでも呼ぼうか)に突入していることを実感した。病院を受診し、入院する患者の多くは高齢者であり、同じ疾患でも教科書通りの典型例はほとんどいなかった。そんな高齢患者には通り一遍の医療は通用せず、多様性を持って対応しなければならない上、医療はもちろんだが、それと同じくらい介護を大事にする必要があった。診断・治療はもちろんだが、患者の背景まであれこれ考え、人生の一部に介入し、より良くして行こうと試行錯誤していく高齢者医療をやりたいと思い総合診療の道に進むことを決心した。

これまでの自身のキャリアを振り返っていかがですか?

医学生の低学年の頃はひたすら遊んだ記憶しかない。念願だった医学部に入ったにも関わらず、ドイツ語や物理をやることに情熱が沸かず、授業をサボって喫茶店に行くこともあった。テストはとりあえず留年しなければ(留年すると学費が馬鹿にならないので)良いと思っていた。
基礎医学過程に入ると少しは勉強をすることに力を注ぐようになった。特にその当時は解剖学と組織学の教授が厳しかった影響もあり、単位を取得するためにテスト前になると大学の近くに住んでいる友人宅に泊まり込んで勉強していたことが懐かしい。その友人宅が鶯谷(東京有数の夜の街)であったこともあり、深夜のファミレスで勉強している隣で風俗の面接が行われていたことが今でも鮮明に思い出される。
臨床医学過程に入ると待ちに待った医学がやってきたという感じで勉強に打ち込むようになった。特にコース試験の前には図書館に入りびたり、何人かの仲間と共に図書館を深夜まで警備するぐらいだった。それから国家試験までは「Input! Input! Input!」の日々であった。実際にInputした医学知識がどれだけ使えるかは別として、医学知識をInputして蘊蓄(うんちく)を沢山知っている自分に若干酔っていた。まさに医学知識蘊蓄芸人であった。
成績もそこそこに大学を卒業し、溜め込んだ医学知識をいざ使う場が来ると考えていたわけだが、ご想像の通り、そんなにうまくは行かないのが実臨床。教科書通りの患者など一人もいないし、そもそも用意された答えから選ぶのではなく、答えを自分で導かなければならない。さらに医学知識ばかり詰め込んでいた私は臨床経験のない頭でっかちと言われ、上級医からは毛嫌いされていた(涙)。自分が想像していた医療と実際の医療とのギャップに気持ちが持って行かれそうになった。それでも気の許せる研修の同期がいたからこそ、辛い時期を乗り越えられた。医療においては「ドクターX」の大門未知子のように尖った医師はほぼ生存困難であり、支えられる仲間がいるからこそ生きていけるのだと強く実感した。
そろそろ後期研修の話をしよう。後期研修になると、これまた環境がガラっと変わった。というより、初期研修医は思ったよりも守られていることに気付いた。後期研修医となるとムンテラ、ICなどは全て自分でやり、もちろん救急外来だって自分の責任で帰すことになる。初期研修とは異なり、やれることが圧倒的に増えた代わりに矢面に立つことも多くなった。駆け出しの時とは違う悩みもあるけれど、確実に今はやりたいことをやることが出来ており幸せだと思う。

医学生や若手医師に向けてメッセージを

学生の頃、遊びまくっている方々へ。過去に戻れるのなら、私も学生生活のほとんどを勉強に費やすのではなく、遊びまくれば良かったと思う。旅行も飲み会も課外活動も、働き出すと思うほど(思った通り)自由に出来ない。(当たり前だが)医師としてやらなければならないことが沢山あり、気が付いたら玉手箱を開けたかのようにいつの間にか学年が上がっている。1年があっという間に過ぎていく。だから遊べるうちに遊んでおくことは(もう皆言っていると思うが)超大事。また、私自身もそうだが、勉強ばかりしていて人の気持ちも理解出来ないような医師よりもいろいろ経験している人間味あふれる医師に自分のことを見てもらいたいということは患者さん皆が思うことだろう。(最も遊びまくっても薄情な人間はいるだろうが・・・)
ただ、どこかで気持ちを切り替えて遊びから医療に意識を集中させることが大事だと私は思う。それはコース試験が始まったことをきっかけにしてもいいし、国家試験の勉強を始めたことをきっかけにしても良い。最悪、医師になった後でも良いと思う。しかし、いつまでも遊び続けることは医師をやっていく上では難しいし、度が過ぎると病棟の噂になったり、下手したら医療系ニュースに登場したりしてしまう可能性だってある。要は気持ちの切り替えをしようということである。
学生の頃、勉強ばかりしてきた方々へ。勉強ばかりするなとは言わない。何故なら自分も暇さえあれば勉強会に参加していた、いわゆる「意識高い系医学生」だったから。ただ、そんな君たちが臨床に出る前に言っておきたい大切なことが二つある。二つしかないから耳の穴をかっぽじって良く聞いて欲しい。
一つ目は医療が大雑把に言って「知識」よりも「経験」を重視しているということである。臨床では教科書通りの患者はほとんどいなく、だからこそ一人一人の患者さんから学ぶために座学ばかりでなく、ベッドサイドに張り付いて(嫌がられない程度に)生身の人間から学ぶことが大事であることは言うまでもない。ということは自分より確実に多くの患者を診ている上級医は超えられない存在である。自分の医学知識を振り回して上級医を困らせてしまうことには要注意である。見たことがあることとないことでは雲泥の差であり、間違っても上級医と「医療クイズ」でバトってはいけない(これ意識高い系医学生あるある)。上級医は常に上級医で、どんなにダメ(と君が思っていても)でも必ず自分より経験値が高いのだ。あるいはダメな上級医を装って君を試しているのかもしれない。だからこそ自分よりも年数が上の医師は常に尊敬すべきである。
第二に医療では「人と人とのつながり」が重要視されている。知識を多く身にまとうと、時としてそれを用いて他人を攻撃してしまう風潮がある。しかし人を卑下するようなことは決してあってはならない。上級医もそうだが、仲間を卑下するようになると、対象は次第にコメディカル、最終的には患者を卑下するようになってしまう。「なんで言うことがわからないんだ」「インテリジェンスが低い」という発言が出てきたら要注意。医療が回っているのは医師が利口で知的だからではなく、自分が休んでいる間に変わりに患者を診てくれている仲間がいて、無理な時間に採血してくれ、患者の不平不満を一番に聞いて我慢してくれる看護師がいて、医師のめちゃくちゃな処方をチェックしてくれ、危ない処方があったらアラートをしてくれる薬剤師がいて、日々リハビリでADLを上げてくれるリハビリ技師がいて、病院の床をピカピカに清掃してくれる掃除のおばちゃんがいてくれるからである。想像以上に医師はさまざまな人々に守られ支えられながら生きている。だからこそ、様々な人とコミュニケーションが取れていることが大事だと私は思う。
最後になるが、医師に最も適した職業は「お笑い芸人」だと誰かが言ったが、医師の商売道具は医学知識ではなく、コミュニケーション能力だと言ったところでこの長い駄文を終えたいと思う。

医師キャリ事務局より

吉田先生とのご縁は、2011年に弊社が企画したキャリアカフェになります。
医学生時代からキャリア形成について積極的にお考えになられており、数回にわたりキャリアカフェにご参加をして下さいました。
遠方のため先生へ原稿作成をお願いする形でのインタビューとなりましたが、真面目な箇所だけでなく思わず笑ってしまうようなユーモラスな部分もあり、先生のお人柄が伝わってくる内容でした為、ほぼ原文のまま掲載をさせて頂きました。
今回のインタビューも先生とのご縁、繋がりがなければ成しえなかった事ですので大変感謝をしております。素晴らしいメッセージをお寄せ頂き、ありがとうございました!

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